電話の歴史
こんな急成長した文化があるだろうか。
都市部、特に首都である東京での電話加入者数の増加は著しかったが、従来の、交換手が手作業で回線を接続する形態では、いっそうの増強が困難となった。
1923年(大正12年)の関東大震災からの復旧を契機として、日本でもダイヤルパルス信号による自動交換方式を導入する事となり、1926年(大正15年)、東京に日本初の自動交換機が導入された。
この自動交換機用の電話機端末として、2号共電式電話機にダイヤル装置を備えた2号自動式電話機が開発された。
卓上型では、その構造、また日本の工業水準から鑑みて、自動交換用の回路を全て内蔵することは現実的ではなかったため、ベル装置や一部の回路を木製の別筐体に収納した。ダイヤルは本体の正面に装備された。
壁掛け型は、その点、筐体の容積に余裕があったため、全て一体の筐体内に収められた。しかし、正面面積がダイヤル取り付けに不足した為、サイズは天地方向に拡大された。
当初搭載された1号ダイヤル(5接点)では、ダイヤル中の伝送回路を完全に音声回路と切り離すことができず、大きなノイズが受話器に(当然送話器にも)流れ込んだ。また、1号ダイヤルは、従前の共電式と同じ直流48Vを基礎に設計していたが、引き続いて横浜に投入された自動交換機では、有効線路長の延長を目的として局電源を60Vに上げた為、絶縁不良を引き起こした。その為、音声回路へのノイズを低減した、60V用、6接点の2号ダイヤルが開発され、以降、小改良を加えつつ600形の登場まで標準形式として使用された。
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